茨城・大子町のカフェ&ゲストハウス 咲くカフェプロデューサーLEMS

「地方で暮らすという事。」 

近年、社会・全国的に地方への目が向いている時代。東京から茨城へUターンをして、あれこれと活動をしている僕に関して着目してくださるメディアさんも増えています。
 
ここでは咲くカフェの話だけでなく、取材の中でよく出る話や、実際に東京から茨城へUターンし、感じたこと、苦労した事、地方移住希望者へのアドバイスなどなど、思いついたことをあれこれ綴ります。
 
茨城・大子町の商店街周辺。大子デパート

「茨城へUターンしたきっかけ」

僕の生まれの地、茨城・大子町へUターンしたきっかけは、 第1話「咲くカフェとは何か?」でも少し触れましたが、当時の奥さんとの離婚です。
 
当時、幼稚園児であった息子と東京での二人生活になり、どうにもこうにも身動きが取れなくなったために大子町へのUターンを決め、ちょうど息子が幼稚園を卒園し、小学校へ入るタイミングで大子町に戻りました。
 
ちょうど東日本大震災の起こった年、2011年3月、僕が31歳の時でした。
 
(余談ですが、震災時はまさに週末を利用して、荷物を大子へ運んでいる途中(常陸大宮市)で遭遇し、その後何とか大子町へ帰りついたものの、それから数日、電気・ガス・水道の無い生活を送りました。
 
当時、3月11日のその時点では、息子はまだ東京の幼稚園に通っていたのですが、震災によりガソリン不足・道路不通など、東京に戻ることも、外部との連絡も出来なくなったため、幼稚園への連絡も入れることが出来ず、週明けの登園を無断でお休み。幼稚園の関係者さん達には相当な心配をお掛けしました。)
 
茨城県北・奥久慈大子町。Uターンして田舎暮らしをする咲くカフェLEMSによる本音トーク。
 

「Uターン後の生活」

ということで、帰郷したきっかけは「離婚と子供」がきっかけというよくある話なのですが、そこで音楽活動をやりながらアルバイトをしながらのフリーター的生活を送りつつ、町の様子を見ていたというか、ここで自分がどう町に立ち位置を作っていくかの可能性を探していました。
 
(実は、大子へ移住した時には、東京・渋谷のClub Ballでイベントをオーガナイズしていて、大子に戻ってきた後も数年続けていました。どうやって続けていたかというと、大子から渋谷まで単純に毎月通ってました。笑 
意外とこの距離感は苦ではないし、「大子も首都圏からの射程距離圏内だな」と再確認した収穫もありました。)
 
また、Uターン後にすぐに始めたのは「町おこし」の活動。実際「始めた」というよりは、ここで生活を始めて自然とそういう方向に向いていったといったところでしょうか。
 
長い東京生活の後の田舎暮らし、町では少子高齢化・過疎化・シャッターの増える商店街など、町の人たちの話を聞いているとネガティブな話が目立つ。そこに起きた震災で観光客激減・農産物への影響。
 
震災のことは別にして、僕は純粋に町を見ると「明るい未来」でしかないイメージだったんです。普通に可能性に溢れる町だと。
 
茨城県北・奥久慈大子町。Uターン起業家の話。田舎暮らしをする咲くカフェLEMSによる本音トーク。地方創生。地域活性化。
 
袋田の滝などの観光資源は置いておいても、食にしても、自然にしても、立地のパフォーマンス性にしても、それこそ商店街のユニークな(稀な)存在感にしても。
そこに、先ほども挙げた首都圏からの射程圏内という十分すぎるロケーション。車なら2時間で都内まで、2時間半~3時間あれば吉祥寺付近まで行けちゃう訳ですから。
 
さらに言えば、町の人たちは「大子に高速道路のインターを!」という意見も昔から散々聞きますが、僕は高速インターが近すぎる場所ってあまり好きじゃないんです。笑
高速降りて、下道1時間。個人的にその位の感じがすごく良い♪
その下道1時間の景色。久慈川と並走しながら山の中に入っていく感じ。様々な良い景色が道中にある訳ですからなおさらです。
高速インターすぐだったら、そんな景色の存在意義もなくなってしまいますよね。
 
そんなこんなで、その大子に溢れる可能性を一つ一つ表に出していこうと、そして町のそのネガティブさを少しずつ変えていこうと自然と思う様になったという事です。

「人と人」

 そうして田舎暮らし・町の活性化への活動を始めると同時に、人とのつながりを作ることを意識したのは最重要な部分でした。
 
田舎町というのは、東京人にしてみたら信じられないくらい世間が狭く、人と人が近い。
それは当然良くもあり、悪くもあり。人との良いつながりを多く持つ人が強くなります。笑
 
この町が自分の生まれた町で、両親も住んでいる町だからと言っても、この町を離れて20年以上経って戻った今、どこへ行っても部外者の立ち位置であることには変わりは無かったです。なので、そこをまずは変えていく活動。
 
そもそも、僕の息子が幼稚園から小学校に入学するタイミングでUターンしたこともあり、まずは小学校での活動。保護者懇談会などの集まりや様々な活動には出来るだけ参加しながら、まずは同級生の保護者さんの輪に入るというか、まずは覚えてもらうことから。
 
基本フリーター生活だったのでw  学校行事にはほぼほぼ出席出来ました♪
そうしているうちに、息子が小学2年の時でしたかね(?)、小学校のPTA学年委員長を引き受けてくれないかとの話をいただきました。こういった役員って、当然みなさんやりたがらないのですが、お話を振ってくれたことに感謝しながら、あえて素直に引き受けました。
これにより、小学校のPTAにも少し足を突っ込むきっかけとなりました。
 

茨城県北・奥久慈大子町。Uターン起業家の話。田舎暮らしをする咲くカフェLEMSによる本音トーク。地方創生。地域活性化。

その後は、小学校以外でも結局は同じ活動です。
いかに自分を覚えてもらって、人とのつながりと自分の立ち位置を作っていくか?それを広げていくか?
 
町内会の「若連」という団体=お祭りなどを取り仕切る団体に参加するところから始まり、同じくその「鳴り物(=お囃子)」にも参加。同様に町内会の「子ども会」、子供の「サッカースポーツ少年団」、「商工会青年部」といった様に、参加できるところにはどんどん加入して顔を広めました。笑
 
そうしているうちに自然と(最初はどういうきっかけだったか思い出せませんが)、同じように町の活性化を考えて活動している「らっしゃい・でぇご隊」の小崎さんや、「NPO法人 まちの研究室」を立ち上げた笠井さん等とつながり、そこにも参加していき一緒に活動するようになり、今現在も「大子デパートプロジェクト」ならびに「NPO法人 まちの研究室」など様々なところで絶賛共演中でございます。
 

茨城・県北の奥久慈大子町の大子デパートのメンバーたち。

(大子デパートプロジェクトメンバー。 写真撮影:飯村ゆみ)

【参考】

「自分という人が存在するスペースを広げる活動。」

人のつながりを増やす作業、ここまではUターンでもIターンでも誰でも必要な同じ作業かと思います。だって、良い人のつながりを多く持つ人が色んな意味で強いんですから。笑
 
で、ここからは僕の行なった次のステップ。
様々な団体や活動に参加しながら、ただ存在して覚えてもらって人のつながりを作るだけではなく、その中での自分の存在するスペースを広げていく活動。
 
つまり、僕がそれぞれの団体の中で、自分が持っている能力・技術などによって、自分だからこそやれる、担えることがあれば、それを自ら提案・引き受けて実績を作っていきました。
 
例を挙げると、フライヤー等の様々なデザイン。任せてもらえる案件から作り始め、そしてデザインが評価され、気が付けば次々と依頼をしていただける位に。今でも、商工会の「百段階段キャンドルナイト」、でぇご隊の「百円商店街」、飲み歩きイベント「だいごお酒のイロハ」などのデザインは毎回制作しています。
 
茨城県北・奥久慈大子町。Uターン起業家の話。田舎暮らしをする咲くカフェLEMSによる本音トーク。地方創生。地域活性化。
 
 
結果、町のイベントフライヤーやポロシャツデザインから、町内会のお祭り、スポーツ少年団の卒団ムービー制作、町コン、商店街の熨斗&包装紙デザインなど、主にデザインがメインですが、たまにDJ出演もありつつ、様々な部分で「LEMS (=櫻山)」の実績を作ってきました。
 
で、大切なのは「お金じゃない」。と思っています。
いずれも、ぶっちゃけ、お値段無料の物から、いずれもお値段安い仕事だと思います。(仕事というか活動。でも逆にそれがフリークリエイターとしての仕事なのだけれども。。。)
 
昔、誰かの言葉で「借りを作るのではなく、貸しを作れ。」というのが不思議と僕に影響していて、「確かにそうだ」と思いながらやってきた部分はありますかね。笑
 
でも同時に、それが人とのつながりを増やすというか。
すぐビジネス体制に入っちゃう人って、僕は好きになれないというのもあり。笑
 
何て言うんでしょう。。。
結局、自分のためだけにやっている「事」とか「人」ってダメなのかなという。
世の中の人がハッピーだったり、生活が潤ったり、なんか喜んでもらえるそんな事。そういったコトを提供することで、結局はそれが自分に返ってくると思っているし、やりがいも生まれるし、だからこそ大変な思いをしても続けられるし、また違った意味で自分のワンランク上のステップのた資質ともなる。
 
結局それを現代的に集約すると「ソーシャルビジネス」ということですがw
 
まぁでもそれが、よくある田舎のイメージの光景の、「大根沢山採れたから食べて~。」「ウヂの白菜もあまっでっから持ってって~。」みたいなところですよね。
 
でもその現代版であると言えばまさにそうで、この何年かで大子町のそこの領域に踏み入れることが出来てきたことは、僕なりに存在の在り方を達成出来てきたことかなと、このコラムを書きながら改めて実感しています。

「地方暮らしで苦労した事」

 
取材をしていただく中で、みなさん結構決まって質問される項目があります。
 
それが 「地方暮らしを初めて、苦労した事は?」ですね。
 
僕はいつも決まってこう言います。
 
「無いんですよね。笑」
 

茨城・県北の奥久慈大子のカフェ&ゲストハウス。ランチやディナーの咲くカフェ。ブルーグレーのランプシェード
 

 
でも一つ思うのは、今もそうですけど、こういった僕の活動があるから一番苦労したのは、僕に似て「超恥ずかしがり屋」で思春期の僕の息子かも。。。笑
 
 
まぁ僕自身の話で言うと、震災でも、田舎暮らしでも、人間関係でも、貯金が底をついても、特に苦労とは思っていなく、いつも「次」というか「明るい未来」のことを考えています。笑(こう書くとものすごく馬鹿な感じがしますけどw)
 
僕は結構自分のこれまでの人生を、要所要所で"操作"してきた事もあって、先の人生についても全く不安は持っていなく、、、僕はどこの場所に住んでも、どこでどんな状況で何の仕事をしようとも、何をしようとも「自分の居場所を作って、自分のセンスを使って生きていく」自信があります。笑
 
実際、その町に、その社会に「何が足りないか?」「何が求められているか?」「じゃあどうすればよいか?」そういった部分の見極めは出来るつもりでいます。
 
だから大子町にUターン後も、全く経験ゼロの状態から「宮田邸 咲くカフェ (2013~)」という一つの時代、そしてそれからの「咲くカフェ(2017~)」をスタートさせることが出来たんだと思います♪
 
そんな僕自身の性質だから、これまで「苦労」は無いと感じているのかも??笑
 

茨城・県北の奥久慈大子のリノベーションカフェ&ゲストハウス、咲くカフェ。咲くカフェ。夜のフロア

 
ただ、一つ本当に苦労と感じたことは、田舎暮らしの話とは少しずれますが、宮田邸なり咲くカフェなど様々なことをやるうえで、自らに過酷な試練を与えたことですかね。笑
 
ドラゴンボールのスーパーサイヤ人みたいにw ある限界を超えないと次のステップの自分には行けないと思っていて、常に自らに不可能なようなことを与えて、乗り越えまた与えてと繰り返してきました。笑
 
どうやって与えるかというと、宮田邸の話だと「開催することを告知」してしまう。
まだ何も決まっていないし、スタッフもいないし、準備も出来るかどうか分からない。そんな状況でも、言ってしまえば『やらざるを得ない』。
 
最終的には「なるようになるしかない!」といった境地になってました。笑
 
ある時の宮田邸の回は、いざオープンしたもののメニュー作りが間に合っていなく、「仮のメニューです。」と書いた紙でスタートしてました。笑
 
それに、やれる時を待ってたら、いつまで経ってもやれる時は来ない。結局やらないで終わっちゃう。それが一番楽だから。
 
「時間がない」という人は=そのための「時間を作っていない」人。
やろうと思うなら、やらないといけない。
結果はどうなっても、やったことでマイナスは無い。やらない後悔は絶対得たくはない。
 
そんな気持ちです。
苦労したのはそんな部分ですね。
 

茨城・県北の奥久慈大子の古民家カフェ 宮田邸 咲くカフェ。咲くカフェ。diyテーブル

 
でも本当ある時は、宮田邸の開催の準備が間に合わないし、やることも増えるし、お客さんも増えて期待度も上がってるし、でも全てに於いて時間も何もかも足りない。そんな状況で、本当に文字通り頭が痛くなりました。脳の奥の方が痛くなったんです。それからさらに、朝起きられないという現象が起きました。
 
朝起きようとする時に、ただでさえ寝ているときも宮田邸の夢なのに、起きて現実に戻って宮田邸の開催に関するすべての事がのしかかってくると思うと、脳がそれを自己防衛的に拒絶して起きない様にするというか。。。起きてやらなきゃいけない事が山積みなのに起きられない。
 
おそらく精神病の一種だったと思います。笑
 
だから田舎暮らしの大抵のことは、蚊に刺されたような位で何も苦労では無かったです。笑
結果そんな感じ。

「地方移住の課題。仕事より家問題。」

先日こんな経験をしました。
 
大子町に移り住んで働きたいという人がいて、すでに咲くカフェで働くことが決まっていました。その時に住む場所を探す際に、その方は自分でも家探しをしたのですが、近場で手頃な物件が見つからないということなのです。
 
僕も協力していくつか探してみたのですが、空き家は多いけど、規模が大きいので状態が良い家だと家賃もそれなりに高い。
 
アパートは古かったり、遠かったり、それなりの所はなぜか家賃が高い。
そして思ったのは、「家族向け」の住居はいくつもあって、アパート・マンションにしても夫婦+子供で暮らすくらいの物件は多く、さらに町の行政でも「子育て支援住宅」であったりと、若いファミリーウェルカム物件はたくさんあるのに、「単身向け」が圧倒的に少ないということ。
 
単身で定職について仕事メインの生活で、家は帰って風呂入って寝るくらいの簡単な場所でいいから欲しい。そんな声がやはり他からも聞こえてきています。
 
実家でないと単身では移り住みにくい。意外と様々な地方の町でもこの問題はあるのかも知れません。
 

茨城・大子町のリノベーションカフェ&ゲストjハウス 咲くカフェ。地方創生・地方移住・田舎暮らしの話。

 
それで実際、田舎には「仕事がない。」と言われてはいますけど、実際は真逆。
現代、どこもかしこも人出不足と言われている中、人口16,000人でこの高齢化社会の田舎町では超人材不足なのです。
 
働ける人はもうすでに働いている。
他に人がいない。
 
ぶっちゃけ僕が咲くカフェをオープンして思ったことは、
「お客さんを集めるより、スタッフを集める方が難しい。」
 
人手不足が深刻な飲食店業界を始め、看護師や介護士などの医療系ももちろんです。
様々な企業で人材を探しています。
 
 
そして今や、町外・県外・都心部への求人を始めているところも多いです。
 
でもそこで問題となるであろう、その「家問題」です。
 
咲くカフェの社員寮も考慮に入れた、空き家を使ったシェアハウスなんてあったら良いなぁなんて思いつつ、考えを練っています。笑

「地方移住希望者へのアドバイス」

1.全ての環境の変化。とにかく、何でも前向きに楽しむ!
 
2.人の殻を割って中に入る気持ちで! 
 
3.人とのつながり、ご近所のつながり、全てのつながりが大切な力、一人では生きていけないと言っても良いくらい!
 
4.世間は狭い。それをマイナスに考えずにプラスに考える!というかそう人になる!
 
5.孤立した町では、インターネットは巧みに使えた方が良い!
 

茨城・大子町。田舎風景。水路。路地。木の橋。野菜ソムリエ LEMSの地方移住・田舎暮らしのお話。
 

 【アドバイス解説編】
まず、田舎に移住したら当然全ての環境が変わる。
コンビニも歩いていけないし、スーパーも遠いし、まとめ買いするとなると自転車では厳しい。
でもそういった違いは当然の田舎暮らし。コンビニもスーパーも遠いけど、逆に近くには緑や山等の自然や初めて見るような、、毎日出会う新しい景色や出来事、人との出会いもがある。
それをまずは楽しまないと前に進まないですよね♪
 
逆にその分、当然インターネットは得意な方が良いです。
やはり様々な不便さを解消してくれるのはネット。スマホだけでなく、PCに強い方が後々、何かしら自らが動こうとするときに有利です。(この有利な部分の解説はまた違った話になるので省きます。)
 
で、まぁ単純に買い物でも、職場や友達とのデータのやり取りでも色々と。それと逆に田舎に住んでも世間の動向を仕入れるのにも当たり前に得意でならないといけませんね♪
 
そして、時代の流れと共に各SNSが地方でも広がっていますが、個人的感想ですが、都会に比べると、地方の方が「Instagram」や「Twitter」よりも、断然「Facebook」人口が多いです。
 
=つまり「地方に暮らすならFacebookをやった方が良い。」(逆に地方の世間から身を遠ざけるならやらない。笑)という単純な結論も出てきます。
 

茨城・大子町。田舎風景。水路。路地。木の橋。野菜ソムリエ LEMSの地方移住・田舎暮らしのお話。

 
そして同じような話の延長も含みつつ、田舎の世間はものすごく狭い。誰かと会話したとして、その人がどこか別の路線で別な知人とつながっている可能性が高い。というか、どこかで繋がっていると思った方が良いです。笑
 
「スーパーに買い物に行って、知ってる人に会わないことは無い。」
むしろ知ってる人どうのこうのの前に、スーパーの店員さんが自分がよく買う物を知っているといったような。笑
 
 だから逆にそこを楽しめる人にならないと♪
 
そこで、コミュニケーションですね。挨拶や話をどんどんしちゃった方がいいです。
 
この町も特にそうですけど、よそ者に対して受け入れにくい体質がある町では、自らが町の人の殻を割って近くに寄っていくことによってこそ、ウェルカムに受け入れてくれる部分があると感じています。
 
町の人たち自らは「どうぞどうぞ」しないけど、踏みよって接してもらえると「実はウェルカムしますよ」=「知らない人は外だけど、知ってしまえば仲間。」というイメージを僕は持っています。
 
なので、まずはコミュニケーション取ってみましょう♪
恥ずかしがらずにどんどん切り込んで行けば大丈夫です!
 

茨城・大子町。田舎風景。水路。路地。木の橋。野菜ソムリエ LEMSの地方移住・田舎暮らしのお話。